「清水夫妻」(江國香織)

満たされているがゆえの喪失感

「清水夫妻」(江國香織)
(「日本文学100年の名作第9巻」)
 新潮文庫

「日本文学100年の名作第9巻」新潮文庫

飼い猫が縁で、
「私」は清水夫妻と親しくなる。
この夫妻の唯一共通の趣味は、
見ず知らずの人の
葬式に行くことだった。
夫妻はこう語る。
「人間はみんな、
そこに向かって生きている」、
そして、
「すべてがそこで
解放されるわけです」…。

四十を超えあたりから、
結婚式よりも葬式への出席が
多くなってしまいました。
私は葬式が好きでありません。
堅苦しい、暑苦しい、重苦しい。
出席している顔ぶれを見ても、
よくわからない人が多く、
しかし聞くのもはばかられ、
気詰まりになるのです。
まあ、葬式が大好きという人は
いないとは思うのですが。

いるのです。
小説の世界では。
本作品の表題にもなっている
「清水夫妻」。
彼らは大の葬式好きです。
そして夫妻の誘いで
「私」も葬式に行くようになるのです。
やがてその世界にはまっていく「私」。
読んでいて背筋が寒くなりました。

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夫妻同様、葬式マニアになった「私」に、
彼女の元交際相手は尋ねます。
「葬式マニアなんて恐いと思わない?」
彼女は「思わない」と即答するのです。

この夫妻、実は
危険な過去を持ち合わせています。
清水氏は若い頃、
結婚したデンマーク人女性を
部屋に軟禁、
清水夫人は二〇も年の離れた
妻子ある男性と恋に落ちた経験を
持っているのです。
その是非はともかくとして、
夫妻のように、
若い時分に酸いも甘いも
経験済みであれば、
四十歳過ぎて何のマニアになろうとも
構わないと思うのです。
しかし、二十歳そこらで
偏執的なものにのめり込む
彼女の気持ちは、
私のような五十を超えた人間には
理解不能です。
作者・江國香織
「私」にこう語らせています。
「私は会社を忌引きにして
 葬儀にでたりもした。
 それは何となく、
 使命のような気がした。
 私自身の内部で、
 何かが欲しているような。」
「死の強烈さの前では、
 他のすべてのことが
 色褪せてしまい、
 恋愛を含む自分自身の日常に、
 現実感がなくなるのだ」

これが現代なのでしょうか。
若い人にとって、
夢中になれるものというのは、
たくさんありそうで、
本当は少ないのかもしれません。
学問でも娯楽でも恋愛でも、
かつてとは比べものにならないくらい
自由にできるように
なっているはずなのですが。

「満たされているがゆえの喪失感」とでも
言えばいいのでしょうか。
本作品に限らず、
21世紀の日本文学には、
そうしたやるせない雰囲気が、
通奏低音のように
流れているような気がします。

〔本書収録作品一覧〕
1994|塩山再訪 辻原登
1995|梅の蕾 吉村昭
1996|ラブ・レター 浅田次郎
1997|年賀状 林真理子
1997|望潮 村田喜代子
1997|初天神 津村節子
1997|さやさや 川上弘美
1998|ホーム・パーティー 新津きよみ
1999|セッちゃん 重松清
1999|アイロンのある風景 村上春樹
2000|田所さん 吉本ばなな
2000| 山本文緒
2001|一角獣 小池真理子
2001|清水夫妻 江國香織
2003|ピラニア 堀江敏幸
2003|散り花 乙川優三郎

(2021.11.6)

Rudy and Peter SkitteriansによるPixabayからの画像

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